解釈に関する参考情報

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解釈に関連することを、『あなたにもある心を回復する機能』で説明していますので、そこから引用しておきます。(図はコピーできないので省略しています。)参考になりそうなら、1冊いかがですか?

心の苦しさが引き起こす方向性

不快な気持ちに陥ってから回復するまでの状態は、本来ならば一人きりではとても耐えられるものではありません。そんな状態を一人で耐えながら過ごさないといけないとなると、誰もが、そんな状態に陥ることを恐れ、それを回避しようとするのは当たり前のことだと思います。

ここで、気分の波の下の部分を、不快な感覚を適切に排出しながら楽にやり過ごすということに意識が向けば良いのですが、不快な感覚を抱えたまま波の下の部分をあってはならない状態として認識してしまうと、次のような傾向性となって現れると考えています。逆に、波の下の部分を不快な感覚を適切に排出しながら過ごせるようになれば、これから説明するような状態から抜け出すことができます。

① 感情修復の傾向
不快な感覚を抱えたまま感情を修復しようとする代表的なパターンを示します。各項目には、該当する症状・状態を例として記述していますが、それらがこの説明だけで理解できる訳ではありません。他の要因が影響していたり、様々な要因が複合していたりします。

(a)  自分の心を原因と考え、気持ちを変えようとする(図13)
気持ちを奮い立たせたり、気持ちを切り替えたりすることで、苦しい気分から脱しようとします。また、他のことで得た快の感覚によって、不快の感覚を打ち消そうとします。
該当する症状・状態など:うつ

(b)  原因と考えられる事象をなかったことにしようとする(図14)
結果を変えようとしたり、状態を修復しようとし
たりすることで、心の苦しさを解決しようとします。
該当する症状・状態など:事象への執着(ストーカー的反応、いやがらせなど)

(c)  原因となった事象が再び起きないようにする(図15)
過去に経験したものと同じ気持ちになりそうな事象を避けることで、再び同様の苦しい気持ちになることから回避しようとします。
該当する症状・状態など:恐怖症

(d)  原因となることを作り出そうとする(図16)
具体的な何かによって気分が沈んでいるわけではないのに、気分が沈む原因にできそうな課題をつくりだし、その課題のために苦しい状態にあると納得したり、その課題を解決することで苦しさから脱しようとしたりします。
該当する症状・状態など:コンプレックス、依存行為、問題行動(万引き、暴力……)、薬物依存・アルコール依存、自傷行為、過食嘔吐、言いがかりをつける

(e)  感じないようにする/意識をそらせる(図17)
何も感じなければ、苦しい気持ちに耐える状態に陥らなくてもすみます。他の人から「大丈夫?」と聞かれて、「全然大丈夫!」などと答え自分にもそう言い聞かせようとしたり、嫌な出来事や相手の対応を無視して反応しないようにしたりしているときがこれにあたります。
該当する症状・状態など:神経症、ワーカホリック(燃え尽き症候群)、子育て中心の生活(空の巣症候群)、趣味だけに没頭・多趣味で多忙(休む暇間がない)

② 問題追求の傾向
ここでは、心の苦しさが引き起こしがちな代表的な思考パターンについて説明します。
厳密に書こうとすると、「自分・自分以外の区別とは何か?」ということも説明する必要があるのかもしれませんが、私は、そこを語れるような境地には達していませんので、自己否定・他者否定というような区別があることを前提にして説明します。
(a)  自己否定
心が苦しいと感じるために、そこから解放されようと、その原因を自分自身の中に見つけ出そうとする状態です。もともと人には、欠点や不得手なことはあっても、責めたてるほどの悪いところはありません。
ですから、悪くもないところを悪いものと無理矢理位置付けるしかありません。これはとても苦しいことです。
自己否定を主なパターンに分けて説明します。

思考の否定
思考の否定は、自分が今のように考えてしまうから心が苦しくなるのだと理解し、考え方を変えようとする取り組みです。これは、更に、2つに分けて考えることができます。
まず、一つ目が、『解決の形を改めようとしたり、対象を変えようとしたりする』ということです。
例えば、本当は友達が欲しいのに、友達がいなくても平気になることを、解決の目標と考えるようなことです。また、別のところに意識が向けば、例えば、友達と交流する代わりに読書の趣味を充実させるなどといったことを考えたりもします。
このように、意識の方向が変わらなければ、現在の思考を改めたとしても、対処する対象や解決の形が変わるだけで、感情以外に対処しようとしていることには、何ら変わりはありません。
例えると、友達を増やすために、国語を勉強しようが算数を勉強しようが、勉強するということには何ら変わりがなく、友達を作ろうとしなければ友達はできないのと同じです。

二つ目が、『思考を変えることで、苦しくない状態に変えようとする』ということです。
例えば、「自分の苦しみは、他の人に比べれば大したものではない」とか「以前経験した苦しさに比べれば、こんなものは苦しさとは言わない」などと考えるような感じです。
しかし、この方法は、思考を変えるというよりも、感情や感覚を押し殺そうとすることに陥りやすくなります。そのため、社会に適応できても、自分自身の感情への適応は先延ばしにされるだけで、近い将来、同様の苦しい状態に、再び陥ってしまうことが多いのです。
コップに水が半分入っているときの思考を例に、プラス思考・マイナス思考について説明されることがあります。

● 「半分も入っている」と考えるのがプラス思考
● 「半分しか入っていない」と考えるのがマイナス思考

といった説明です。しかし、砂漠のど真ん中で、あと何日歩けばそこから抜け出せるのか分からないようなときに、「半分しかない」と考えるのは当然のことですし、いつでも水を補充できるような状況にあれば、「半分もある」と考えるのです。
つまり、これは、思考の問題ではなく、現実の環境の問題、或いは、環境の認識の問題なのです。また、コップの水が半分になったら、誰かから責め立てられるような経験を積み重ねていると、やはり、「半分しかない」と思うのは当然のことだと思います。このように、思考には、プラス思考・マイナス思考という区別はなく、そう考えて当然な事情があるだけなのです。
その思考を必要とした事情を理解することが、現状がそのときと同じかどうかを検証することを可能にし、もし、違うということが分かれば、思考は自ずと変わっていくものなのです。

感情や感覚の否定

自分を苦しめる感情や感覚を感じてしまう自分を責めるような状態です。
例えば、「みんなは平気でやってのけることを、なぜ、自分だけが苦しいと感じてしまうのだろう……」といったことを思い、「どうしたら、苦しさを感じなくなるのだろう」といったことを考えるような感じです。
『自分の気持ちと向き合うときの大原則』(P42)で説明しましたが、感覚や感情は、それがどんなものであっても、自分にとってはごく自然で当たり前なものです。しかし、「苦しいと感じるから苦しい」「苦しいと感じなかったら苦しくない」と考え、自分の感情や感覚を否定するところに意識が向いてしまうと、『泉のごとくわきあがってくる自分の感覚や感情を止めることができない』という事実に直面し、自分の存在を消すしか解決の道はないと思うような心境に陥ってしまうこともあります。
問題ないものを問題として認識する心の苦しさの原因を追求する中で、自分の容姿や行動・能力などの中から否定できる可能性のある部分をリストアップする作業が発生します。
繰り返しになりますが、もともと人には、責めたてるほどの悪いところなど存在しないので、このリストアップの作業は問題のないところの否定を繰り返すとても苦しい状態です。そして、作られた一覧の中から、「原因として相応しい」と自分が認めることができる事柄が選び出され、心の苦しさの原因として採用されることになります。

例えば、コンプレックスがこれに当たります。このように自己否定による苦しい思いをしてやっとの思いで見つけたコンプレックスを手放してしまえば、心の苦しさの原因を失ってしまい、自己否定を繰り返す状態に戻らなければならなくなります。そこで、容易には解決できない事柄や抽象的な事柄が選ばれたり、容易に解決できないと思い込んだりする必要性が出てきます。このようにして、コンプレックスには、決して解決されてはならないという使命が課せられているのです。
コンプレックスに意識が向いているときは、それを意識する場面で自分自身に生じる感情や感覚を苦手だと感じていることが多いと考えています。そして、コンプレックスを強く意識しているときの行動のほとんどは、『苦手な感情を感じないようにしようと努力している』『苦手な感情や感覚が生じそうな場面を避けようとしている』というもので、これは、自分の苦手な感情や感覚とどう向き合ったら良いのかが分からずに困っている状態です。ですから、苦手な感情や感覚との向き合い方が分かってしまえば、コンプレックスは必要なくなります。

客観的に見ても問題と思える状況を作り出す。
たまたまやってしまった問題行動や依存行動にともなう自己嫌悪が、もとの心の苦しさとすり替わってしまい、その行動によって苦しくなっていると錯覚します。そして、そんな不快につながる行為を止められない自分を否定して苦しみ、逆に、それを止めることができれば、心の苦しさが解決すると考えるようになります。
一般的には、それらの行動は、それによって得られる快感や快楽が動機になると認識されることは多いようですが、注目すべき感覚は、一連の過程の中で感じる不快感・自己嫌悪・罪悪感などの不快な感覚だと考えています。そして、その感覚を必要としてしまう原因は、もともと心に抱えている正体不明のモヤモヤ感なのです。
コンプレックスと同様に、それが解決してしまうと、心の苦しさの原因を失ってしまうため、再び、出口の見えない苦しさの中に引き戻されることになります。そこで、意図しているわけではないのですが、同様の行動を繰り返すことになるのです。
例えば、ギャンブル依存症はこれに当てはまります。一般的には、勝ったときの快感が忘れられないから止められないという理解であることは多いと思います。確かにきっかけはそうだったのかもしれませんが、依存症に陥ってしまったときには、

● それをやっているときは、意識が行為に集中するため、もともと抱えている心の苦しさをあまり感じなくてもすむ
● 負けたときの不快感を問題視すると、次回勝てばこの不快感から解放されると思うことができる
● ギャンブルにのめり込んでいるという罪悪感を問題視すると、ギャンブルを止めることができたら、この罪悪感から逃れられると思うこと ができる

というように、原因不明の心の苦しさからは、解放された心理状態に陥っているのです。

(b)  他者否定
心が苦しいと感じることによって、そこから逃れるために、事態の修復を試みたり、自分以外の何かを変えようとしたり、消そうとしたりする方向で思考を巡らせている状態です。
他者否定
他者の行動や考えを変化させたり、関係を持つことをやめることで、自分の心の苦痛を取り除こうとしている状態です。自己の正当性の強固な主張も、自分以外を変化させようとする試みです。
例えば、「この場面では、普通はあなたのようには考えない」とか「あなたがいなければ私は人気者でいられたのに」というように文字通り他人の考えや存在を否定したりします。また、そんな人だという認識に至った人を避けることで、その人から同様の刺激を受けることを回避して不快な思いをしないようにするといったことも挙げられます。少し雰囲気が違いますが、対人恐怖症などは、相手を信用していないというところから、他者否定という側面があるのだろうと思います。
心の苦しさを、ただ他人を否定することで対処していては、自分を孤立させてしまうことになります。
心の苦しさそのものに働きかけて回復することができれば、そんな状態に自分を追い詰めなくてもすむのです。

 

出来事の否定
心の苦しさの原因を過去の記憶に求めた結果、原因に相応しいと自分が認識した出来事の記憶を持ち出し、「あんなことさえ起こらなければ、こんなことにはならなかったのに……」などと考えている状態です。
例えば、「昔、父親から厳しく怒られたことがトラウマになって、男性恐怖症になってしまった」というように認識し、過去の経験を否定しているような状態です。
ここで、少しトラウマについて説明します。
現代において、『トラウマは、心の苦しさの原因』と認識する風潮が広まっています。しかし、トラウマは苦しさの原因ではありません。これは、記憶という自分以外のものを否定(他者否定)することで、苦しみを解決しようとする試みに過ぎません。
トラウマには、『出来事の記憶』と『そのときの感情』が関係しており、『そのときの感情』を解決すれば、トラウマから解放されるという考え方があります。確かにそのように理解することもでき、催眠療法などで感情を吐き出せば、そのときの出来事はトラウマとは認識されなくなることは多くあります。
しかし、更に一歩進めてみると、根本的には、トラウマは次の3つの要因が絡み合うことで成立していると考えられます。

ア 意識する原因 …… 嫌な出来事とそれに伴う感情

イ 直接的な原因 …… 嫌な出来事によって生じた感情への誤った対処

ウ 根本的な原因 …… 感情への誤った対処方法を身につけた事情
出来事(経験)は、情報として記憶され、次の行動に生かされるはずのものです。そして、それが生かされた行動を積み重ねることによって、自分の望みを実現することにつなげたり、好ましくない状況を回避し自分を安心安全に保ったりするのに役立つ情報です。記憶とは、ただ単にそんな情報に過ぎないのです。ですから、トラウマの真の問題は、過去のつらい出来事の記憶があるということではありません。
問題は、過去のある出来事をどうしてトラウマにしてしまったのかということ、そして、そのときと同じように現在も『今の心』の苦しさを楽にしてあげることができないでいるということなのです。ここを解決しなくては、これから先も嫌なことを経験する度に、新たなトラウマを作り続けてしまうことになります。
今の心の苦しさを、今、楽にしてあげれば良いのです。

事態の修復・回復
自分にとって嫌な出来事をトラウマとして放置せずに、何らかの修復を図ることで、自分の気持ちを回復させようとする場合もあります。
例えば、物が壊れて悲しくなったら、修理したり、新しく買い換えるといったことです。また、恋人と別れたことによってつらくなったら、別れる前の状態に戻そうとする、つまり、よりを戻そうとすること、或いは、直ぐに別の恋人を作ろうとするなどもこれに当たります。亡くなったペットの細胞から、クローン(全く同じペットを作り出す)ペットを作り出そうとするのも同じなのかもしれないと思います。
自分の不快な気持ちを回復させる手段としてこの方法を選択してしまうと、嫌な出来事を修復したり、打ち消すことばかりに意識が集中してしまい、他人の気持ちを無視した自分本位の行動に陥りやすいところがあります。ストーカー的な行動は、これに当てはまると考えています。

『あなたにもある心を回復する機能』 心の本質(P.104 -117) より

 

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